30年ぶりに生まれ故郷であるベトナムを訪れた主人公が、旅路の過程で自身の人生を見つめ直す——。内省的なロードムービーである本作が静謐に描くのは、そんなアイデンティティの物語に他ならない。
監督を務めたのは、『追憶と、踊りながら』(14)のホン・カウ。主人公キットの設定はカウ自身の経験に由来する。カンボジア系中国人の両親のもとに生まれ、クメール・ルージュ政権下のカンボジアから逃れて、ベトナムに渡った。その後、8歳まで同国で過ごし、ベトナム再統一後に“ボート難民”として渡英したという。「文化的アイデンティティの問題は、私が創作する上での共通したテーマです。難民として国を離れると、決して帰属意識を得られない場所で、絶え間ない苦難を味わうことになります。問題は、そのテーマをどういった形式や構造で表現するか選択することでした」とカウは語る。
そのキットを演じたのは、『クレイジー・リッチ!』(18)に起用されて以来、ハリウッドでの活躍が目覚ましいヘンリー・ゴールディング。イギリス人の父とマレーシア人の母を持つ彼にとって、キットの持つ複雑なアイデンティティは、強い共感を抱けるものだったのだろう。役柄と自身の実体験に共通点を見出している俳優は、ゴールディングだけではない。キットと淡い恋に落ちるアメリカ人ルイスを演じたパーカー・ソーヤーズの父は、ベトナム戦争で従軍しており、帰還後はPTSDに苦しんでいたという。本作の登場人物たちは自分たちの経験について言葉少なにしか語らないものの、それでもなお説得力のある物語として伝わってくるのは、監督や俳優たちが抱えるこのような事情に起因するのかもしれない。
自分とは何者か?——本作はこうした普遍的な問いを静かに投げかけながら、わかりやすい答えを用意しているわけではない。しかし、であるからこそ、観る者の心を深く刺さり、さまざまな思考へといざなう作品になっている。
監督を務めたのは、『追憶と、踊りながら』(14)のホン・カウ。主人公キットの設定はカウ自身の経験に由来する。カンボジア系中国人の両親のもとに生まれ、クメール・ルージュ政権下のカンボジアから逃れて、ベトナムに渡った。その後、8歳まで同国で過ごし、ベトナム再統一後に“ボート難民”として渡英したという。「文化的アイデンティティの問題は、私が創作する上での共通したテーマです。難民として国を離れると、決して帰属意識を得られない場所で、絶え間ない苦難を味わうことになります。問題は、そのテーマをどういった形式や構造で表現するか選択することでした」とカウは語る。
そのキットを演じたのは、『クレイジー・リッチ!』(18)に起用されて以来、ハリウッドでの活躍が目覚ましいヘンリー・ゴールディング。イギリス人の父とマレーシア人の母を持つ彼にとって、キットの持つ複雑なアイデンティティは、強い共感を抱けるものだったのだろう。役柄と自身の実体験に共通点を見出している俳優は、ゴールディングだけではない。キットと淡い恋に落ちるアメリカ人ルイスを演じたパーカー・ソーヤーズの父は、ベトナム戦争で従軍しており、帰還後はPTSDに苦しんでいたという。本作の登場人物たちは自分たちの経験について言葉少なにしか語らないものの、それでもなお説得力のある物語として伝わってくるのは、監督や俳優たちが抱えるこのような事情に起因するのかもしれない。
自分とは何者か?——本作はこうした普遍的な問いを静かに投げかけながら、わかりやすい答えを用意しているわけではない。しかし、であるからこそ、観る者の心を深く刺さり、さまざまな思考へといざなう作品になっている。
